【ハッピー☆エンド上映会 第5部】この上映会を静かに支えている人たち|三重・鈴鹿

連載|映画『ハッピー☆エンド』三重・鈴鹿上映会【第⑤部】

この上映会を、静かに支えている人たち

──「最初は構えた。でも、関わりたいと思った」

今回の上映会は、
発起人ふたりの思いだけでつくられているわけではありません。

看護師、助産師、介護福祉士。
カメラマン、ファイナンシャルプランナー。

それぞれの立場で、日々、人の暮らしや人生に向き合っている人たちが、
協力者として関わっています。

専門職として誰かを支える立場でありながら、
妻(夫)として、母(父)として、そして子として。
一生活者として、自分自身の人生や家族のこれからにも引き寄せながら、
この上映会に関わっている人たちです。

「正直、最初は少し構えました」

協力者の多くが、上映会の話を聞いたときの気持ちとして、
こんな言葉を口にしていました。

「正直に言うと、『死』や『看取り』がテーマと聞いて、
最初は少し構えてしまいました。」

重たそう。つらそう。
自分に向き合うには、まだ早い気がする。

そんな正直な戸惑いが、そこには確かにありました。

重たい映画ではなく、暮らしの延長線にある話

けれど、映画『ハッピー☆エンド』が描いているものを知ったとき、
その印象は、少しずつ変わっていきます。

在宅緩和ケアという選択肢の中で、
笑い声のある日常が、とても自然に描かれている。

“生ききること”を支える医療。
最期の時間を、「生活の場」で過ごすという考え方。

それは特別な話ではなく、
自分たちの暮らしの延長線にある話だと、
多くの協力者が感じていました。

「死」を考えることは、「今」を大切にすること

協力者の言葉の中で、
何度も繰り返されていた感覚があります。

死について考えることは、
怖いことでも、暗いことでもなく、
「どう生きたいか」を問い返すことなのではないか。

生と死を切り離さず、
日常の延長線として受け取れること。

それは、協力者たちが
普段の仕事や暮らしの中で大切にしてきた価値観とも、
深く重なっていました。

学ぶ場ではなく、「感じて、緩む時間」に

この上映会で、来てくれる人にどんな時間を過ごしてほしいか。

何かを学ばなければいけない時間ではなく、
「感じて」「緩んで」、
少し軽くなって帰れる時間。

それぞれのペースで、
それぞれの受け取り方でいい。

上映会のあとに、残っていてほしいもの

家に帰ってから、
家族と何気なく「もしもの話」をしてみる。

生き方や逝き方の話が、
特別なことではなく、
日常の中で自然に語られていくこと。

この上映会は、
誰かの人生を変えるための場ではありません。

ただ、
それぞれが自分の人生を、
少しだけ大切に感じ直す、
そのきっかけになれたら。

▶ 映画『ハッピー☆エンド』三重・鈴鹿上映会 情報
https://suzuka-kameyama.mypl.net/event/00000465707/
松山かな(看護師/地域メディア「すずこれ」編集長)
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