赤ちゃん食堂バンビと、鈴鹿にひろがるやさしい循環|第1部赤ちゃん食堂バンビはどう生まれた? — 助産師さんの“原点”にある物語

文:松山かな(看護師/すずこれ編集長)

📌この記事の3つのポイント

  • “赤ちゃん食堂”を三重県で立ち上げた助産師・佐竹弘美さんの原点
  • 出産体験が人生を変え、地域のママを支えたいという想いへとつながったこと
  • 鈴鹿のまちに根づく「助け合いのあたたかさ」が、赤ちゃん食堂バンビ誕生の背景にあること

はじめに

「赤ちゃん食堂って、聞いたことありますか?」
私自身、最初にその言葉を耳にしたとき、とても驚きました。子ども食堂は全国に広がりつつありますが、“赤ちゃん”に焦点を当てた食堂はまだ珍しい存在です。
今回お話を伺ったのは、助産師であり、二児の母でもある佐竹弘美さん。彼女の言葉の端々から、赤ちゃんとママへの深い思い、そして“あたたかい居場所”をつくりたいという願いがまっすぐ伝わってきました。

1. 出産で人生が変わった助産師さん

佐竹さんは、もともと専業主婦として働いていました。助産師を志したのは、ご自身の第2子の出産体験がきっかけだったと話します。
「いつもの助産師さんがそばにいて、褒めてくれながらのお産でした。料理の匂い、助産師さんの笑い声……生活の延長のような、幸せなお産でした。」
この“安心しきった時間”が、人生の方向を大きく変えました。
「私も、こんな風に誰かの力になりたい」
その想いから助産師となり、今では自分が出産した助産院で働いているというから、なんだか運命のようです。

看護師として現場にいた私も、出産の体験がどれだけ女性の心に寄り添うものになるか——その重要さを、改めて感じさせられました。

2. 「助産院らしさ」に惹かれて

佐竹さんが働く助産院の魅力は「特別なことをする場所」ではなく、“話を聞いてもらえる安心感”でした。
「妊婦健診でも出産後でも、私の話を丁寧に聞いてくれる。大事にされていると感じたんです。」
大きな病院ではなかなかゆっくり話す時間が取りにくい中、“安全”だけでなく“安心”がある場所は、とても心強いもの。
私自身も子育てで悩んだ時、気軽に相談できる人の存在に何度も救われてきました。話を聞いてもらえるだけで、どれだけ心が軽くなるか……その気持ちは痛いほどわかります。

3. 「赤ちゃん食堂バンビ」が生まれた理由

子育て中のママと接する中で、佐竹さんは何度も同じ光景を見てきました。
・ 抱っこの仕方がわからない
・ 両親が遠くに住んでいて頼れない
・ 赤ちゃんを抱きっぱなしで、自分の食事が一日一回になる

こうした“孤独な育児”に直面するママの声を聞き、「何とかしたい」と感じたといいます。
そんな時に出会ったのが、全国で広がりつつある“赤ちゃん食堂”という取り組み。
「これ、三重県にない。私がやらなきゃいけない気がした」
という佐竹さんの直感から、バンビの企画が動き始めました。

4. 名前の由来は “鈴鹿”

「バンビ」という名前は、佐竹さん本人のアイデア。
・ 鈴鹿の“シカ(鹿)”
・ 赤ちゃん=子鹿のイメージ
・ やわらかくて覚えやすい響き

鈴鹿に住む人なら、どこか親しみを感じる名前です。
私も最初に聞いたとき、「ああ、鈴鹿らしくて可愛い!」とすぐに心に馴染みました。

▶ 松山かなの感想:
お話を伺っていて強く感じたのは、“誰かを助けたい”という気持ちが人を動かす力の大きさ です。
子育ては、どうしても孤立しやすいもの。私自身も、看護師でありながら、母として不安でいっぱいの日々がありました。
そんな状態のママが安心して立ち寄れる場所が、鈴鹿のまちに生まれること——それがどれだけ心強いことか、想像すると胸があたたかくなります。

おわりに

赤ちゃん食堂バンビの誕生には、助産師さんとしての想いだけでなく、まちのつながりや、小さな出会いの偶然も重なっていました。
次回の第2部では、当日のプログラムや離乳食の工夫、「ママの心の栄養」を大切にする場づくりについて、さらに深く紹介していきます。

松山かな(看護師/すずこれ編集長)

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