発起人① げっちん!|知らないことが不安や怖さをつくるから|ハッピー☆エンド上映会

連載|ハッピー☆エンド【第3部】

第3部|発起人① げっちん!

──「知らないことが、不安や怖さをつくるから」

今回の上映会の発起人の一人が、看護師であり、カメラマンでもある げっちん! です。

映画『ハッピー☆エンド』を初めて知ったとき、げっちん!の中に浮かんだのは、「こんな最期を迎えたいなぁ」という、とても素直な感覚でした。

同時に、「私にとって、後悔のない生き方ってどんな生き方なんだろう」
そんな問いが、静かに心の中に生まれたと言います。

看護の現場で感じてきたこと

看護師として、そして写真を通して人の暮らしに関わる中で、げっちん!は、生き方も、最期の迎え方も、日常の延長線上にあるものだと感じてきました。

特別な人だけの話ではなく、誰にとっても、いつか必ず自分の番が来ること。

それなのに「死」については、知らないまま、考えないまま、避けられていることが多い。

そのことが、不安や怖さを、必要以上に大きくしているのではないか。
そんな思いを、現場で何度も感じてきたと言います。

「穏やかな最期もある」と知ること

げっちん!が、上映会をやろうと思った一番の理由は、ここにあります。

死はネガティブなもの。
怖いもの。
つらいもの。

そう思われがちだけれど、知らないことが、不安や怖さをつくっているのではないか。

穏やかな最期もあること。
在宅緩和ケアという選択肢があること。
笑いながら、生ききる人たちがいること。

それを「知っている」だけで、人生の選択肢は、確実に広がる。
だからこの上映会は、誰かに結論を渡すための場ではありません。

「イベント」ではなく、「場」にしたい理由

げっちん!が大切にしているのは、この上映会を「イベント」ではなく、“場”としてひらくということです。

正解がある話ではないからこそ、感じて、考えて、語る余白が必要だと感じています。

自分の中で、何かが少し動いたと感じられる時間。
それを、無理に言葉にしなくてもいい。
でも、誰かと話したくなったら、話してもいい。

そんな、安心して立ち止まれる時間と空間をつくりたいと考えています。

上映会のあとに、残っていてほしいもの

上映会が終わったあと、げっちん!が願っているのは、大きな変化ではありません。

家に帰ってから、ふと映画のことを思い出す。
家族や大切な人の顔が浮かぶ。

そして、生き方や逝き方の話が、特別なことではなく、日常の中で、自然に語られていく。

人生の終わりを考えることは、今の暮らしや生き方を大切にすることにつながる。

この上映会が、そのための小さなきっかけになれば——。
げっちん!は、そう話してくれました。

▶ 第4部では

もう一人の発起人、くぼちゃんが、この映画から受け取ったもの、そして
「みんなで死生観を考え合いたい」と思った理由を、農のある暮らしの視点からたどっていきます。

▶ 映画『ハッピー☆エンド』三重・鈴鹿上映会 情報

https://suzuka-kameyama.mypl.net/event/00000465707/

文:松山かな(看護師/地域メディア「すずこれ」編集長)

医療や子育て、地域での暮らしの中で感じたことを、生活者の目線で綴っています。
答えを決めるためではなく、一緒に考えるための文章を届けられたら嬉しいです。

鈴鹿のお役立ち情報

BLOG

PAGE TOP