ハッピー☆エンド上映会|「どう逝くか」は「どう生きるか」だった|三重・鈴鹿

映画|ハッピー☆エンド

ハッピー☆エンド ──「どう逝くか」は、「どう生きるか」だった

三重・鈴鹿で上映会が開かれる理由

はじめに

「死」や「最期の時間」をテーマにした映画と聞くと、少し身構えてしまう方もいるかもしれません。
でも、今回ご紹介する映画と上映会は、重たい答えを用意するためのものではありません。

プロローグ|このブログについて

どう逝くかを考えることは、どう生きたいかを見つめ直すことだった。

そんな気づきを、それぞれの暮らしの延長線で受け取ってもらえたら——そんな思いから、このブログを書いています。

このシリーズでは、映画そのものの紹介から始まり、三重・鈴鹿で上映会をひらこうとしている発起人、そしてその思いに共鳴して関わっている協力者の声まで、全6部構成で丁寧にたどっていきます。

答えを押しつけるのではなく、「感じる」「考える」ための材料として、静かに読んでもらえたら嬉しいです。

第1部|映画『ハッピー☆エンド』が、静かに問いかけてくるもの

「楽しい老い」とは、何だろう。
「穏やかな終末」とは、どんな時間なのだろう。

映画『ハッピー☆エンド』は、そんな問いを、強い言葉や結論で示すのではなく、とても日常的な風景の中から、私たちにそっと差し出してきます。

描かれているのは、「在宅緩和ケア」という医療のかたち。
病院ではなく、自宅で。
点滴や管に囲まれる時間よりも、家族の声や笑い声、いつもの暮らしの中で生きるという選択です。

この映画は、「病院医療を否定する」作品ではありません。
ただ、「病院以外にも、こんな選択肢がある」という事実を、5つの家族の姿を通して、静かに伝えてくれます。

痛みを抑えながら、孫や子どもと過ごす。
愛するペットと一緒に眠る。
家族の手料理を食べる。
ゴルフやお酒など、好きなことを続ける。

それは特別なことではなく、「その人にとっての、当たり前の日常」として描かれています。

不思議なのは、「死」を扱っている映画なのに、観ていて重たさよりも、あたたかさが残ること。

笑いがあり、少し泣いて、でも最後には、「ちゃんと生きたいな」と思えてくる。

『ハッピー☆エンド』が伝えているのは、
「どう逝くか」を考えることが、そのまま「どう生きたいか」を見つめ直すことにつながる、
という、とてもシンプルな事実なのかもしれません。

この映画は、誰かに答えを教えるためのものではなく、
それぞれが、自分の人生に引き寄せて考えるための時間を、そっと用意してくれる作品です。

▶ 第2部では

この映画が、なぜ三重・鈴鹿という場所で上映されるのか。
そして、「イベント」ではなく、“暮らしの中にある場”として上映会をひらこうとしている人たちの思いを、少しずつひもといていきます。

▶ 映画『ハッピー☆エンド』三重・鈴鹿上映会 情報

https://suzuka-kameyama.mypl.net/event/00000465707/

文:松山かな(看護師/地域メディア「すずこれ」編集長)

医療や子育て、地域での暮らしの中で感じたことを、生活者の目線で綴っています。
答えを決めるためではなく、一緒に考えるための文章を届けられたら嬉しいです。

鈴鹿のお役立ち情報

BLOG

PAGE TOP