【連続取材】グリーフケアサロン「てとて」第2部|専門家ではなく「仲間」としてそこにいる

【連続取材|グリーフケアサロン「てとて」第2部/全4部】
専門家ではなく、「仲間」としてそこにいる ―― Chikaさん自身のグリーフと、活動の原点 ――

📌この記事の3つのポイント
  • Chikaさんが経験してきた、ふたつの大きな喪失
  • 「支援する人」ではなく「仲間」であるという立ち位置
  • アドバイスをしないグリーフケアという選択

ふたつの別れを経験して

グリーフケアサロン「てとて」を主宰するChikaさんは、これまでに大切な人との別れを、二度経験しています。

ひとつは、心身ともに健康で、年齢も若かったお姉さんの突然の死。

もうひとつは、突然倒れたことをきっかけに、医師から「長くて二年」と余命を告げられたご主人との、闘病の時間です。

同じ「死別」でも、そのかたちはまったく異なっていました。急に訪れる別れと、少しずつ近づいてくる別れ。

「世の中に、こんなにつらいことがあるのかと思いました。」その言葉は、今も変わらない実感として残っているそうです。

悲しみに支配されている人たちを見て

ご自身の体験もあり、Chikaさんはいくつかのグリーフケアサロンに足を運びました。

「最初は、割と軽い気持ちだった」と話します。

けれど、そこで目にしたのは、喪失の悲しみに支配され、日常を保つことが難しくなっている人たちの姿でした。

葬儀が終わり、周囲が少しずつ日常へ戻っていく中で、悲しみだけが取り残されてしまう。

「仕事をしているほうが、まだ楽だった」そう感じる人が多いことも、そのとき初めて、強く意識したといいます。

「私にしかできない」とは思っていません

Chikaさんは、自身の活動について、はっきりとこう話します。

「グリーフケアは、私にしかできないものだとは思っていません。」

特別な資格があるからでも、専門家だからできるわけでもない。

だからこそ、自分を「支援する側」だとは考えていないそうです。

対等で、平等な関係でいたい

「私のグリーフケアは、平等で対等です。」

Chikaさんは、参加者に対して「こうした方がいい」というアドバイスはしません。導くこともしない。答えを用意することもしない。

それぞれが、それぞれのペースで、自分なりの形を見つけていく。

その時間を、同じグリーフを抱えた仲間(ピア)として、ただ一緒に過ごす。

それが、「てとて」の基本姿勢です。

▶ 松山かなの感想

看護師として、無意識のうちに「支援する人」「支援される人」という立場に分かれてしまうことがあります。

けれど、対等であること、同じ目線でそこにいることが、こんなにも人を安心させるのだと、取材を通して改めて感じました。

次回予告|連続取材 第3部

次回は、「ほっとカフェ」という名前に込められた想いと、心を“回復”させる場所ではなく、“開放”できる場所としての居場所づくりについて、詳しくお伝えします。

松山かな(看護師/すずこれ編集長)

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