鈴鹿サーキットって、もともと何のために生まれたの?|子どもに誇れる街のはじまり【すずこれ】

鈴鹿サーキットって、もともと何のために生まれたの?

― 子どもに誇れる“まちのはじまり” ―

(文:松山かな/看護師・すずこれ編集長)


📌この記事の3つのポイント

  • 鈴鹿サーキットは「レース好きのため」だけの場所ではなかった
  • 暮らしを守りながら、技術と人を育てるために生まれた
  • 「世界を目指していい」という価値観が、地元にあった

はじめに

「鈴鹿といえば、サーキットだよね」

そう言われることは多いけれど、
なぜ鈴鹿にサーキットがあるのか
何のために作られたのかまで知っている人は、意外と少ないかもしれません。

実はそのはじまりには、
今の子育てにも通じる、とても大切な考え方が込められていました。


鈴鹿サーキットは「レース好きのため」だけじゃなかった

鈴鹿サーキットが誕生したのは、1960年代はじめ。
日本が「世界に追いつこう」と必死だった時代です。

この構想の中心にいたのが、本田宗一郎さんでした。

本田宗一郎さんは、
「急速に伸びた技術を本当に世界に認めてもらうには、
同じ舞台で、正面から勝負するしかない
と考えていました。

だから必要だったのは、
✔ 世界基準のレース
✔ 世界基準のサーキット
✔ そして、そこで育つ“人”

鈴鹿サーキットは、
レースを見せるための場所ではなく、
挑戦する人を育てる場所として構想されたのです。


水田を避けたという、静かな決断

サーキットの建設候補地は、いくつもありました。
その中で選ばれたのが、水田をできるだけ避けられる、鈴鹿の丘陵地でした。

お米を作る田んぼは、その地域の暮らしそのものです。

レースのために、
人の生活の土台を壊さない。
まずは、暮らしを守る。

そんな選択が、
この街では静かに、当たり前のように行われました。

この「無理に整えなかった」選択こそが、
のちに世界から
「走りがいのあるサーキット」と評価される理由にもなっていきました。


技術を育て、人を育てるという発想

ごまかしがきかず、
考え、工夫し、向き合わなければ前に進めない。

でもそれは、
本当に力を伸ばすための設計でした。

「考える力」や「積み重ねる力」を育てる場所。
それが、鈴鹿サーキットでした。


▶ 松山かなの感想:

挑戦することを、ちゃんと信じる大人がいた。
そんな事実に、心を打たれました。

難しいからこそ、意味がある。
遠回りに見えても、力になる。


「世界を目指していい」が、地元にあった

「ここ鈴鹿から、世界を見ていい」

そんな価値観の原点が、
私たちのすぐそばにあったのです。


まとめ

鈴鹿サーキットは、
子どもに誇れる“まちのはじまり”でした。

この街はね、
世界を目指していいって、
ずっと前から信じていたんだよ

▶ 第二部予告

なぜ鈴鹿は「世界一走りがいのあるサーキット」なのか?

松山かな
(看護師/すずこれ編集長)

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